2003-05-14 (Wed)
#1 ウガンダ人窃盗団摘発 盗んだトラックを分解輸出の容疑
こういう人たちが泥棒になってしまうのではなくて、ODAとかでなんとかして経済活性化につなげられないのかなぁと思ったりする。盗む人が、っていうよりウガンダで盗品を組み立てなおす人たちが、かもしれないけど。(月下工房#書評系から)
#2 Wikiと署名
つくづくたださんは説明がうまいなぁ。
わたしも、tDiary-usersで議論になっていたときも、「署名と変更事項の書き込みを義務にすること」は書き込みの敷居を上げるし、しかもその決まりを守らない人も出てきそうな気がした。だから基本的には反対だったし、書き手の希望でどうしてもそういう文書にしたい、ということになっても最低限にした方がいいとは思っていて、そういう投稿もした。
でも、そもそも人はなぜWikiに書いたりするのか、というところからさかのぼって説明できるということがすごいなぁと。
まぁでもこの問題は平行線ですね。わたしは、プログラム本体ならばともかく、そのプログラムを使うためのHowTo文書などに著作権を主張しようとは思っていない。直した方がよければいくらでも好きにして欲しい。
しかし、当然ながら世の中にはそうではない考え方の人もいる。わたしも以前はそれをわかっておらず、世の中のHowTo文書を書いている人も同じ考え方だろうと漠然と思っていた。だからtDiaryのインストール方法を書いたときには、既存のtDiaryFAQから断りなしに文書を持ってきて勝手につないだりしていたわけだ。
法律でも、ある程度まとまった文章なら、それがニュース記事でも、小説でも、HowToものでも、文章の種類に関係なく著作権を認めている。
で、むとうさんは
あと、オレの興味が無くなったときにWebから情報がなくなるというのもおもしろいかもしれない。困る人がいるかもしれないけど。
ということなので、使う人が困るかどうかよりも自分のアーティスト的な部分を優先させたいという考え方。それは、その情報が必要になるかもしれないその他の人間にとっては残念なことなのだけど、むとうさんは自分の考え方を明快に主張されているので、仕方がないのかなと思う。
人は同じことをしていても、同じ動機に基づいてやっているとは限らないってことだなと思いました。
#3 tDiary-usersの最終決定
あと、tDiary-usersにも最終決定者/決定プロセスが必要だろうなと思う(むとうさんも、tDiary-usersを念頭において書かれたのだろう)。
ただ、最終決定者を決める場合でも誰がなるかは難しい。たとえばtDiary-develなら、作者のたださんが仕切るのが一番当然で、だれもが納得することなのだけど、usersはその意味ではみんな一ユーザに過ぎないので、その必然性が誰にもない。
2004-05-14 (Fri)
#1 今日の変な看板
家の近くの、畑だったり空き地になったりしているところにこんな看板が。ほんとは今日ではなくて、少し前に撮ったのだけど。クリックで拡大した写真が見られます。
#2 「期待権」って何?
「取材を受ける側には、記事の出来上がりに対する"期待権"というものがあり、メディア側は取材を受ける側の期待に沿った記事に仕上げるべき」という判決が最近出ていたことを知った。
- 番組構成師[izumatsu]の書き散らし日記
松沢呉一黒子の部屋 お部屋668●メディア潰しの決定打(Googleキャッシュ)消えている。archive.orgにもなし
わたしは上にリンクした二つと同じ意見で、非常に問題がある判決だと思う。
もともとこれは、void GraphicWizardsLair( void ); //(とそのコメント欄)経由で知った。ここでとりあげているのは、日経ビジネスの取材を受けた人が「時間を割いて取材を受けたのに、自分たちの所属団体に対する宣伝にならなかった」と言っているという話だ。
この例も、裁判の元になったのも、<取材を受けることで時間や手間を割くのだから、記事では好意的に取り上げ、宣伝して欲しいという取材される側>と<取材される側の思惑にとらわれず自由に記事を作りたい取材する側>の利益が対立してしまう場面。
そのような場合に、どちらに肩入れするか。私は、どうしても取材する側として考えてしまう。自分の思うとおりに宣伝をしたいんなら、広告枠を買っていくらでも好きなようにやってください、と。それに読者としても、そういう配慮満載の記事を読みたいかなぁ、と聞きたい。
しかし、そういう考え方は報道する側の思い上がりに過ぎないのだろうか。少なくとも、この判決はそういう意味だ。裁判官が、取材者の表現の自由について考えなかったわけはないから、それよりも「期待権」なるものが重いという判断をしたわけね…。
【追記(2004/5/23):判決文を探そうとしたが、見つからず】
この判決は、検索で見る限りは今年(平成16年)3月24日に東京地裁で出たらしい。ということで、広めにとって今年3月の地方裁判所の判決文を検索してみたんだけど、ないなぁ。
NHKは免罪され、下請け製作会社だけに慰謝料を払わせるというのも(判決文を読んでいない段階では)意味不明だ。まぁこれは地裁判決なのだし、控訴しているみたいだから高裁の判決待ちってとこかな。
参考追加。
# yuco [>「名前も載りません。交通費も協力費もありません。掲載誌も送りません。名前を乗せたければ広告を買ってください。さて、..]
# yuco [もともと取材を受けるということは、協力費がもらえるものでもなく、名前が載るという確証もなくて当然のものである、と一般..]
# yuco [なので、otsuneさんがリンクされていた件については、 >「取材費や交通費や通信費の予算が確保できないのなら、記事..]
# otsune [「掲載誌をもらう」というのが、特に少人数な弱小編集部だと事務負担になったりして。(徳間書店から見開きの絵を納品したの..]
# yuco [いや、仮に宣伝するとしたら、相手の気に入るような記事を書いて、ゲラチェックさせたりするわけでしょう? そのくらいな..]
# diary.yuco.net:[Law] 個人情報保護法 最近著作権がどうとか、国民を保護とか、コンテンツの健全がどう..
2008-05-14 (Wed)
#1 KASPER TRANBERG JAPANESE QUARTET&『白鍵と黒鍵の間に』(南博)先行販売@新宿ピットイン
KASPER TRANBERG JAPANESE QUARTET:キャスパー・トランバーグ(Tp) 南博(P)水谷浩章(B)外山明(Ds)
私はキャスパー・トランバーグという人は元々知らなくてピアノが南博だから行ったという感じ。キャスパー・トランバーグはスウェーデン人のトランペッターで、MCの時は気のいい外人さんという感じで「サクい」(すごいという意味らしい)という日本語の造語を連発して笑っていた。
演奏は南博トリオと違って前衛的。南さんがピアノの鍵盤の裏側を叩いたりキャスパーさんがトランペットの指で押さえるところをカタカタ言わせたり息を吹き込んで出るか出ないかの微妙な音を出したりしていた。
会場で、南博のエッセイ集『白鍵と黒鍵の間に』が翌日15日から発売なんだけど先行販売していたので買って、開演前とか休憩時間に早速読んでいた。終了後にはサインももらった。この本、帯は菊池成孔で「この本は、僕のどの本よりも面白いです。」とある。
面白く読みやすいので休憩時間のうちに半分近く読んでしまった。ちょうど2004年に菊地成孔の『歌舞伎町のミッドナイト・フットボール』をライブ会場で買ってこういう風に休憩時間に一気に読み進めたことを思い出した。
本書中にある、「憧れていたピットインの朝の部(というのが当時あったらしい)で演奏できるようになった。舞台は客席から10cm程度高いだけだが、その向こう側とこちら側では大きな違いがある」というくだりを読んでいて、ちょうど私の目の前に(最前列に座っていたので)その10cmの段があって、ここで読めて良かったと思った。あまり明るくないので目の健康にはよろしくないと思うけれど。
しかし、mixiでの南博コミュの書き込みによると、この本を指定書店で買った人のみ行けるトークイベントが行われるらしいので、トークイベントに行きたい人は買うのをしばらく待った方がよさそう。私も知っていれば買わなかったのに…。


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