2008-05-15 (Thu) [長年日記]
#1 リリカさんについて思い出すこといろいろ
「Ririkaの思い出:「はてなアイドル」の系譜」を読んで、いろいろ思い出して懐かしくなったので、覚えていることを書いてみるよ。以下、archive.org等で調べたことと記憶に頼って書いているけど、記憶が確かじゃないところもあると思うので、間違っているところがあればつっこみ入れてください。
ネット活動歴とプロフィール
リリカさんは2002年11月30日(archive.orgに残っていた関心空間の登録日時による)に最初関心空間に登場し、プロフィールで中3だと言っていたと思う。関心空間は自分の好きな物や事柄をキーワード登録するサービスなのだけど、確かキーワードとして、自分の通っている中学校の校門と制服を掲載していた。それで私には通っている学校が聖心女子学院だということが分かった。私は学生時代聖心女子学院の隣にある寮に住んでいて、校門も制服もしょっちゅう見ていたから。また「鍋島松濤公園 いつものお散歩コース。わんちゃんと一緒だったり… 戸栗美術館、松濤美術館、TOMなど美術館も近くに点在しています。」と書いていることから、松濤(日本一の高級住宅街です。念のため)に自宅があることがわかる。
そこにすでに関心空間に登録していた山形浩生氏が、キーワードのコメント欄でリリカさんとやりとりしたり、リリカさんの登録したキーワードに呼応するようなキーワードを登録していたり、随分夢中になっているなという印象だった。山形浩生が夢中になるくらいリリカさんの知的レベルが高かったのだ。
(訂正:最初「リリカさんの後関心空間に登録した」「現在すでに退会している模様」と書いたが今でも登録していた。また登録日は2002年10月28日とあるのでリリカさんの前ですね)
山形氏とリリカさんのやりとりの痕跡についてはペア執筆の教科書や理論などのコメント欄を見ると分かりやすいかも。リリカさんが退会しているのでリリカさんのコメントが抜けているが、山形氏のコメントは「……ねいちゃん、年齢詐称してない? なんで高校生がモリソン=ボイドを。」とか、「(チッ、いやみなガキだぜ。そんなに有機化学が好きならそのうちベンゼン環で簀巻きにして、漬け物にでもしてくれようぞ)」とか。CLASHさんという人はこのやりとりを以下のようにまとめている。
図らずも弱点である化学領域にテキを引きずり込んで痛烈なトラウマパンチを喰らわせ、更に一気にテキのホームグラウンドの一つである「経済学」に踏み込んで、その世界で神と称えられるアダム・スミスを誤用したふりをして相手のスキを誘い、安寿と厨子王でフェイントを仕掛けておいて、経済学を越え実社会的にも20世紀最大のビッグペアであるマルクス・エンゲルスでとどめを刺した。これはリリカさんの完全勝利です。
その後彼女は個人サイト「私家版」と有名になったはてなダイアリーを開始した。
archive.orgによると「私家版」(文字コードをShift_JISにすると読める)は2003年2月開始と更新履歴にあり、はてなダイアリーは同年10月開始みたい。はてなで書き始める以前に関心空間のブログサービス(といってもpermalinkやコメントやトラックバックはない、昔ながらのweb日記に近いようなもの)で少なくとも2003年1月から4月の間には日記を書いていて、その後はてなに移行したようだ。一旦は中学からのエスカレーターで(聖心の)高校に進学したが、はてなダイアリーに移行する前にどういう理由でかアメリカに引っ越し、ボストンの高校に転入している。
「ユリイカ」にも掲載
はてなダイアリーでの彼女の活躍ぶりは『ユリイカ 2005年4月号 特集 ブログ作法』で、各分野の面白いブログを紹介するという「ブログ・ガイド100@2005」内「文学?」というジャンルで近藤正高氏が詳しく紹介している。
ちなみに、ユリイカのこの号では、小谷野敦がmixiについて書いていたり、はてなダイアラーの座談会があったり、稲葉振一郎が黒木掲示板について書いてたりして楽しいのでブログ界隈の話題が好きな人は買うといいと思うよ! 私が始めて買ったユリイカはこの号だった。それ以前はユリイカという雑誌は視界に入ってない感じだったけど、その後しばらく文化系女子特集とかネット親和性の高い特集を連発したので買うようになり、その後また路線を変えたようだけど今でも特集によっては買っている。
さて、近藤氏によるリリカさんの紹介は以下の通り。
10代のブログといえば、リリカという女子高生による「リリカの仮綴じ〆」というブログについても紹介しておきたい。リリカは、アメリカのハイスクールに留学中というお嬢様ぶりに加え、その文章では哲学や社会学などをめぐる言説が次々と展開されるとあって、一部では高い人気を博した。だがそのあまりにも現実離れしたキャラクターに対しては、彼女は本当は何者かが演じる虚構の存在なのではないかという声も上がった。なかでもブロガーたちの言説をウォッチする2ちゃんねるの「新blog論壇スレ」では昨年の夏頃、彼女の正体をめぐって議論が過熱し(なぜかリリカは翻訳家の山形浩生だとする説まで飛び出した)、ついにはリリカのブログでの一部の記述や写真などは、他サイトから転載したものではないかという指摘が書き込まれるにいたる。「リリカの仮綴じ〆」が突如として閉鎖されたのはその直後のことだった。(ちなみにこのスレッドでは、それ以前にも「ヘルシー女子大生日記」というブログの書き手の正体探しが行われ、サイトを公開制限に追い込んでいる)。
やはりリリカは実在しなかったのか? それを確かめるすべは何もない。しかしあのブログの読者には、どこか彼女をヴァーチャルな存在として楽しむ向きが多かったような気がする。リリカの活躍した同時期にはちょうど綿矢りさの芥川賞受賞が話題となっていたが、リリカの人気は、綿矢ら現実の少女作家に飽き足らない、もっと知的なアイドルを求める層が支えていたとは言えないだろうか。
閉鎖騒動
上記のユリイカの文章はリリカさんが消えた後に書かれているが、言及されている2chのスレッドというのは「新blog論壇スレ 2」。リリカさんが消えた前後だけ保存されているものが見つかった。(追記)その後スレッド全体も発見。分かったのは、ウォッチャーがリリカさんの正体の話題ばかりしていることだ。以下は時代も感じさせて笑ったのでコピペしておく。
♪はてなダイアリー、仮綴じのリリカです。
17歳で天才美少女、難しい本だって読んじゃいますって・・・・・
言うじゃな〜い。
でも、アンタ。哲学やら思想なんてやったって、今どき院生崩れにしか
需要がないですから。残念!
勉強してもただの屁理屈姉ちゃん、斬りっ!
このスレによると、Winsor Schoolというボストンにある女子校のwebサイトに載っている行事風景をリリカさんが日記で「私が通っている学校の行事です」という感じで掲載していた。このほか、リリカさんが学校から出されたReading ListとしてWinsor Schoolのサイトにあるのと同じものを「私家版」の方に転載(文字コードはShift_JIS)して日本語訳が出ているものを追加したり(まめだなぁ)、同じく学校のサイトにある行事の記述をほとんど和訳しただけのものがリリカさんの日記に載っていた、というのもあった。
ちなみに、Winsor SchoolのTuition(学費)は$29,000とのこと(2008年現在)で、1ドル100円として290万円(年間かな?)。かなりのお金持ちしか行けないお嬢様学校であることは間違いない。
「新blog論壇スレ 2」のタイムスタンプによると、2004年9月21日、学校に関するこれらの指摘が投稿されてから約30分後にははてなダイアリーがプライベートモードになり、約1時間後にははてなを退会、「私家版」も消えていたという。関心空間もほぼ同時に消えたようだ。2002年11月の関心空間開始からほぼ2年、2003年10月のはてなダイアリー開始からほぼ1年だった。
そのときのkanoseさんの反応。確かに、学校に関する元ネタが追求されたとたんに消えてしまうというのでは、実在を疑われても仕方がないだろう。でも個人的には(細かい部分で虚偽はあったとしても)ほぼ公開していたプロフィール通りの女の子がいたんじゃないかと思っている。いや思いたい。
このプロフィールによると1987年3月生まれとのことなので、現在21才で、松濤の超お金持ちのお嬢様で知的な女の子が、日本かアメリカかヨーロッパか、そのどこかにいると思った方が楽しいじゃない。大学では何を専攻し、どんな職業に就くんだろうか。それともこういう階層の女の子は今でも働かないのかなあ。25ansに載っててもおかしくないような家庭のはずだけど。
リリカさんを取り巻くコメント者たち
これからは思い出話モード。
彼女の日記にはコメントをつける人が多く、リリカさんがまめに返事をするので、非常に濃ゆい日記コミュニティができていた。たとえば2004年6月の様子を見ればその盛況ぶりが分かるだろう。
kanoseさんは取り巻き説を否定したけど(私の記憶でもそんなに濃く関わっていなかったと思う)、そのほかの「Ririkaの思い出:「はてなアイドル」の系譜」で言及されている人たちは、取り巻きって言うと語感が良くないけど、当時彼女のブログに密接に関わっていた人たちであると思う(この中でrokazという人だけ知らないが、他の人は私の記憶にもある)
当時まだ博士課程の大学院生であったsivadや、みずからの知的活動によってひきこもりの地位を全力で擁護しようとしていたueyamakzk、その他にも現在なお残るブロガーである rokaz/kagami/svnseedsらも既に多くの読者を抱えていた。このどのひとたちも、 Ririkaとコメント・トラックバックを通じて関わっていた存在として私が認知していったものである。
また「Ririkaの〜」には「いまは消えたが朱雀正道がいた。」とあるが、id:sujakuさん(はてなは退会済の模様)として記憶しているこの人がリリカさんに最も密接にコメントしていたのではないか。はてなキーワード解説によると写真家・ライター。そして個人サイトはこちらだけどここ数年更新してないみたい。もっと有名なのは漫画家岡崎京子のだんなさんであるということでしょう。岡崎京子年表では1990年に「写真家/ライターの朱雀正道氏と結婚。」とある。また岡崎京子の交通事故についてまとめたサイトでは「岡崎京子さんが1996年5月19日18時半、東京都世田谷区の自宅の近くで夫の朱雀正道さんと散歩中に飲酒運転の4WDにはねられる」とある。
私がコメントしたときの話(※記事の最後にこの件に関する追記あり)
私にとって一番印象深いのは、自分がコメントしたときのことだ。いつだったか忘れたが彼女の日記に初めてのコメントをした。それは日記の内容につっこみを入れるようなものだったのだが、「ぼくのリリカたんをいじめるな!」みたいな取り巻きが出てきて、延々と反論されて自説を説明させられた。おかげで、最初はもっと短いコメントをちょっと残すだけにしたかったのに、長々と自説を述べて粘着したみたいになってしまった。最後にリリカさんが出てきて「yucoさんのおっしゃることは全く理解できません」と言われた。
それで、私はそれまでに(取り巻きに対して)かなり説明したのに、難解な哲学書を読みこなすリリカさんに対して意味が通じないことしか書けないのかと思い「言いたかったことが通じなかったことは残念ですが、もう諦めます」と書いて書き込みをやめた。そのやりとりがarchive.orgにないかと思って探してみたけどなかったのでこれは記憶だけで書いている。その後しばらくして、彼女のブログはコメント欄を閉じて、その後、例の閉鎖騒動があったのだった。
(2008.9.29追記 上記の記述には間違いが含まれています。コメントのログが見つかったのでこの記事の最後にアップしました)
お嬢様ならではの金銭感覚
松濤のお嬢様なんだから当然だけど、知的レベルの高い日記の合間合間に、一般人とはかけ離れた金銭感覚がうかがわれた。今も読める2004年6月1日の日記には、芸者遊びの思い出が書かれている上に、ニューヨークでのお買い物の様子が以下のように書かれている。
ティファニーで(中略)新作のブレスレットにひとめぼれして、卒業祝いにおねだり。ベルトの形をプラチナで模ってて留め金にダイヤが散りばめられてる。マテリアルとデザインのギャップがおもしろくて。手首に銀色のベルトを巻いてるハードな雰囲気。
Van Cleef Arpels の、芥子の花みたいなルビーの花びらで囲まれた中心に、小指の爪くらいのちっちゃな時計。あぁ、なんて冒涜的に非実用的なの〜うっとり〜。これに決め!
と、女子高生が1日のうちにティファニー(といっても高いのから安いのまであるけど、プラチナとダイヤというところから高いラインと推定できる)とヴァンクリ(超高級ブランド)の宝飾品をおねだりですよ!両方とも数十万、へたすると100万超えると思う。
私がリリカさん=ネカマ説とか中の人は山形浩生説を信じないのは、このへんの宝飾品とか贅沢品に対するセンスは男性には出せないと思うからだ。
それから、「脳内無差別発注:東京永久観光」から孫引きするけど、
《こっちにいると、amazon に発注してから届くまでに 2、3週間かかるでしょ。だからいっぺんに50〜100冊くらいざっくり注文することになって、自分の目で確かめて選ぶのに比べると、ハズレ率が10倍くらいになっちゃうから、お気に入りを絞るなんて贅沢なことはやってられなくて。》(『リリカの仮綴じ〆』より)
アメリカから日本語の本を買うのに、amazonから50〜100冊いっぺんに頼んでいたらしい。これに対しては引用者のtokyocat氏の、
お気に入りを絞るという贅沢の前に、私がしてみたい贅沢はもちろん、死ぬまでに一度でいいから本を50冊〜100冊いっぺんに注文してみるという贅沢だ。さらには、それ自体が贅沢だなどとはひとつも口にしないような贅沢だ。
というコメントに深く同意するし特につけ加えることはない。
コミュニケーションに過敏な態度
彼女のはてなダイアリーには「★リファラはほぼ見ません。」とあった。「ほぼ」というところが微妙な心理を伺わせる。また、日記についたコメントにはほぼ全部レスしていたと思う。さらに、「はてなダイアリーをはじめるにあたって」(文字コードはShift_JIS)。という文章でも、自分のコミュニケーションスタイルについて詳しく説明している。
さらに、2chのblog論壇スレではリリカさんのことがしばしば話題になっていたが、2chは見ないと書いていたと思う。しかし、閉鎖騒動の段で書いたように、2chで学校のサイトから写真などを転載していることが指摘されたあと30分程度でプライベートモードにしていたのだから、むしろ頻繁に見ていたのだろう。
私は見ていて、彼女はコミュニケーションや自分への言及に対して丁寧すぎ、マメすぎ、気にしすぎていて、こんな風ではさぞ疲れるだろうなぁ…と思った記憶がある。
その他覚えていることもろもろ
- 3月のリリカさんの誕生日に、ディズニーの白雪姫のコスプレ衣装を着てパーティをし、写真を掲載した(もちろん顔は出さない)。さらに特注で白雪姫の形をしたケーキを切り分けて食べていた。確か、白雪姫の人形の周りにスカートを模したケーキがくっついている形のもの。ケーキを切り分けると裸の脚が出てきてエロティックだった。(こういうディテールがあるからネタだとは思えないんだよね…。)→リンク
- 残っている日記を見てもわかるように、「Wy」なる物理専攻の恋人っぽい男性と「夢のストーリー」と題したチャットログのようなものをたびたび載せていた。私はあんまりまともに読んでなかったけど、HTML書くの大変そうだなーと思って見ていた。時々タグが閉じてないとかコメント欄で指摘されている。
- 時々「○○でしゅ。」みたいな赤ちゃん言葉を使う(個人的には、こういうぶりっ子っぽい言動と高度に知的な内容のギャップが山形浩生ファンサイトをやっていた玲奈さんと共通する感じで、この2人が同一人物であるとする説が出る原因の1つだと思う)
- その玲奈さんが管理していた山形浩生ファンサイトの掲示板「山形浩生勝手に広報部:部室」にも発言していた(その1、その2。もっとあるかも)
- 確か誕生日記念と題して、1日間くらいだけ顔写真をアップしていた。割と大人っぽい顔立ちだった気がする。(kanoseさんにつっこまれたので追加。結構みんな保存しているらしい(笑))
- 閉鎖後しばらくして、id:mRirikaでリリカさんらしき人物のダイアリーが始まった。これは短期間でプライベートモードになってしまい、archive.orgにも残っていない。内容は、id:Ririkaだったころの知的レベルの高さは伺えず、本当に同一人物が書いているのかどうかすら怪しいものだった。プライベートモードのメッセージには、mixiに移ったと書いてあるが、彼女のmixiのアカウントらしきものも見つけた。mixiの方は、日記は友人まで公開になっていて、ずっとログインしていないみたい。そちらのプロフィールにもわざわざ「足あとは半永久的にチェックしません」と書いてあるのが彼女らしい(笑)。
2008/9/29追記:「私がコメントしたとき」のコメント群
fujisawamasashiさんが上記の「私がコメントしたときの話」で触れたコメント群を保存されていたとのことで、アップしてくださったものをこちらにも転載します。2004年7月4日分のコメント欄だそうです。
転載した理由は、上記の「私がコメントしたときの話」を執筆した際にはこのコメントを読むことができず、かなり曖昧な記憶で書いてしまったので、事実関係が間違っている部分があったことが一つ。
また、上記ではそれ以外にもかなり主観的な記述をしています。(まあ、私は私の立場でコメントしているので、客観的には見られないところがあります。当時はBonvoyage氏に対しては少々腹も立ちました。リリカさんを「姫」と呼んでいたこの人が私のイメージする彼女の取り巻き筆頭でもある)ですから、ログの存在が明らかになったのならば、ログそのものを示したほうが親切かと思います。
以下、原文では#だったところをそのまま#にしておけないので(tDiary Wikiスタイルの仕様により、箇条書き記号になってしまう)削除の上アップします。
yuco 『こんにちは。「自慢」についてですが、ある人に起こった”いいこと”について話す場合、それが単純に喜んでいるのか自慢なのかは、その言い方でしか判断できないと私は考えます。で、例の文章は自慢の言い方ではないと思いました。▼なので、Ririkaさんは《「自慢」以上の機能を果たしてないんじゃないの?》と書かれてますが、私は、ある文章の機能とそれが自慢かどうかには関係がないとおもいました。ではまた。』
Ririka 『こんにちは。【自慢:自分のことや自分に関係のあることを他人に誇ること。】の言い方、仕方はいろいろ人それぞれだとわたしはおもってたけど、yuco さんのような見方もあるんですね。あと、「ある文章の機能とそれが自慢かどうかには関係がない」というのは、「自慢」は「文章の機能」ではない、ってことですか?』
Bonvoyage 『↑ なんかかみあってない。たぶんyucoさんは自慢の意図があるかどうかをおっしゃっているように思うんだけど、そのことと文章の機能がよくて自慢にしかならないという話は別だし、そんなことはRirikaさんも本文で注意を払っています。違ってたらごめんなさい。◆僕はむしろ、文末の物語の共有と強化の話に注目したい。こういうメカニズムを知っておかないと、自分自身の無意識に引っ張りまわされてしまうから。』
yuco 『どもです。上の私のコメントの「機能」うんぬんについてもうちょっと書きます。つまり、宮台氏の発言には、ひきこもりの人が恋愛するための建設的な提案がない。だから《「自慢」以上の機能を果たしてない》(=自慢である)とRirikaさんが判断されたと私は読みました。なので、そういう提案が含まれている否かとそれが自慢かどうかは関係ないのでは、という意味です。▼で、私は自慢というのは(上のRirikaさんによる定義を見ても)誇る意図があるかどうか(他人から見れば、自慢を意図している、ということが言葉によって判断できるかどうか)だと思っています。本人は自慢する意図がなかったけど「文章の機能は自慢」であるというのはよくわからないというか、ありえないと思っています。最初のコメントでもこういうことを言ったつもりだったのでした> Bonvoyageさん』
Bonvoyage 『yuco さん>前半部でおっしゃりたいことはよくわかりました。◆後半部が全然わかりません。本人に自慢する意図がなくても、それを聞いた他人が「こいつ自慢している」と判断することは腐るほどある。そういう時、僕は「その文章は意図せず自慢として機能した」といいますけど。』
Ririka 『くりかえしになりますけど、yucoさんは、ある人の言い方によってそこに自慢の意図があるかどうかを他人が判断できる(それがすなわち、発言者の意図でもある)、とお考えなのですか?』
yuco 『ええと、これは、意図というものをどう考えるかという話になってきますね。私は、行動とは別個に「真の他人の意図」なるものが存在するとは考えていません。▼たとえば「僕はいつもモテモテで女性は不自由しないんだ。女なんてちょろいぜ。まぁお前らには一生無理だろうけどな。はははは」と言いつつ「自慢のつもりはないんだ」とかいう奴がいるとしましょう。あるいは人を殴っておいて「傷つけるつもりはなかったんだ」でもいい。私に言わせれば、こいつは単なるウソつきであって(笑)彼の意図はその行動に表れています。▼ただし、こんなに分かりやすい例ばかりではありません。もっと判断が分かれる場合もあるでしょう。例の宮台発言は、私は自慢だと思いませんでした。しかし「宮台は(意図して)自慢してるよ」と断言する人もいるかもしれません。その人と議論は成立しないでしょう。「感じ方は人それぞれ」だからです。▼で、Ririkaさんは、《このとき、「自慢する」という意図はなかったのかもしれないけれど。》としています。意図はないかもしれないけれども、やはり自慢であるとする根拠として「宮台氏の発言には、ひきこもりの人が恋愛するための建設的な提案がない。だから《「自慢」以上の機能を果たしてない》(=自慢である)」と私は読みました(繰り返しになりますが)。それに対して「そういう提案が含まれている否かと、それが自慢かどうかは関係ないのでは」と書きました。▼こんなもんでどうでしょう?>Bonvoyageさん、Ririkaさん』
Bonvoyage 『話がかみ合わないなあ。要するに、今、話をしているコレ自体、僕が上に書いた2つの文章にこめた意図とそれらの文章の機能がマッチしてないんじゃないかという疑いを抱かざるを得ません。…なんて言ったりして。◆それよりも物語の話。前にueyamakzkさんとやり取りした時に、「ひきこもりは虚構にのめりこめない」とかいう話になったような記憶があるんだけど、そんなことはないよねえ。むしろどっぷり浸かっていることになる。姫の言う物語の共有と強化のメカニズムが本当だとしたら、ね。』
sujaku 『クレタ人は言った、「ぼくは疎外されたなかで学問に入れあげ、アングラに親近感をもっていった。だが、ぼくはやがて気がついたんだ。人は、マルクスだけでは決してしあわせになれない! アングラのなかで想像力の爆発に酔いしれてにいるだけではダメなのだ! だが、それに気がついただけではどうすることもできない、ぼくはすでにがんじがらめだったんだ。●あるときぼくはある女子と出会い恋に落ちた。そしてぼくは彼女との性交によって、じぶんが全面的に肯定されていることを知る。(そのままのあなたが好き!)●それ以降ぼくは、いっそう学問に熱中し、愛の力も知り、隠された社会のメカニズムをも理解する、そんな学者になったのだ」(←以上。クレタ人、かく語りき。)●このような受け取りは、果たして曲解であろうか? (なお、スジャクはこのクレタ人の発言には、クレタ人の正直とスナオな実感を感じ、どちらかと言えば、耳に心地よい、好きな物語と言ってもいい。ツッコミは入れたくなるけれど。)●しかし、この物語の真偽は、ほんとうにはクレタ人自身にもわからないだろう。●そしてそれらすべてを括弧にくくった上で、そのクレタ人のじぶん語りが、どんな効果を多くの読み手に与えるか、については、(Ririkaさんがそうしたように)考察されても良いのでは。いや、考察されるべきだ、と、ぼくはおもう。』
Bonvoyage 『「そしてそれらすべてを括弧にくくった上で、そのクレタ人のじぶん語りが、どんな効果を多くの読み手に与えるか」が、つまりは「機能」なわけですよね。 ◆僕もこういう物語は好きだし、使います。ただ、「じぶんが全面的に肯定されていることを知」ったはずなのに、「それを通じてじぶんは○○を獲得した」「○○できるようになった」というふうに物語を使ってまで他人にアピール(さらには自己の物語の強化を)せずにはいられないとすれば、そこには「『ただ存在する』だけではじぶんは肯定されない」という思いもまた、あるのではないか。僕はそんな人間の(男の?)悲しさというか、滑稽さを感じてしまいます。と言っても批判するつもりもなく、そういうものかな、と思ってるだけですけどね。』
sujaku 『ぼくも、そういうものかな、ともおもうし社会への承認欲求を責めてはイケナイともおもうけれど、ただし、このときの主題は「ひきこもり」をめぐるものですからねぇ。やはりそこには問題もあるかも。』
Bonvoyage 『だからこそ本のタイトルに ひきこもりOK! と入っているんですよね、きっと。「おい、お前ら、少なくとも俺はお前らを無条件に承認するぜ!」って。』
Bonvoyage 『ところで、社会への承認欲求と経済活動は切っても切れない関係にあると思うのですが、「まず承認欲求があって、それから(それを満たすために)経済活動をする」のか、「経済活動をしないと生きられないから、承認欲求が生じる」のか。一見アホらしい問いなんですけど、これはシステム論の一つの分岐点だったりします。前者の見方は構造主義的なシステム論<まず構造ありき、で、それから作動する>。後者の見方は作動主義的なシステム論(オートポイエーシスを含む)<まず作動ありき、で、結果的・副産物的に構造が生じる>。場違いでスマソ。自分とこでやりますわ。』
yuco 『わたしは、誰かの発言が他人に及ぼす影響について論じてはいけない、とは一度も書いていませんし、影響を機能を言い換えても同じです。たとえば、宮台真司の発言によって、Aさんは「うらやましい」と思った。→この発言はAさんをうらやましがらせるという機能を持った、ならわかります。▼このときの「機能」というのは、読み手の反応です。だから「自慢」という、書き手を主語にする言葉を使うのはおかしい、ということです。書き手に自慢する意図があるかどうかとは別に、ある条件(建設的な提案を含んでいない、とか?)をみたす場合に「文章が勝手に自慢してしまう」というのは変だと思います。書き手を責めたいのなら、「無神経」とか「無思慮」とか「もっと建設的な提案をせよ」とか言えばいい。▼最初、Ririkaさんは「宮台は自慢している」と発言されました。《宮台真司氏、なんていうか…、昔話をもちだして、まわりくどい自慢〜。(ある種の)男の人(の自尊のあり方)ってとっても大変なんだぁ、というのはひしひし伝わってくるけど。(20040703#p1)》それへの補足説明として「本人に自慢する意図はないかもしれないが、”文章の機能は自慢”だ」というのはちょっと苦しい。なぜなら、これは上で見たように、「読者がうらやましがっている」の言い換えだからです。書き手を主語にした「自慢」という単語を使うことで、20040703#p1 と上の日記の補足説明がつながっているような印象を与えますが、じつは違います。▼最後に、ここでの宮台発言については、「ロマンティック・ラブ・イデオロギー」と呼んで批判する人はしているものなので、それによって苦しんでいる人には、そうでない考え方にふれるのをお勧めしたいです。これは私がid: ueyamakzkさんのところにコメントした通りです。』
sivad 『yucoさんのご意見はもっともなんですが、やはり問題は「あえて論者」たる宮台氏の言葉ってとこでしょうか。彼はなにかにつけ発言の影響や効果を計算して「あえて」言っているらしいので、彼に関しては「文章の機能=彼の意図」と取ってもいい、というわけです。まあもちろん今回のにはそんな氏への皮肉もあったわけですが。』
Bonvoyage 『だからね、ある発言に対して、読んだ人が「ひょっとして、ただ自慢したいだけなんじゃないの? この人。」と思ったとしたら、「読み手に、書き手が自慢したいんだ、と思わせる」というのがその発言の機能じゃないのかなあ? こう考えれば、意見は何もぶつかってないんですけど。◆それから、「自慢」という言葉をチョイスしたことのよしあしについては、昨日のコメント欄の<「自慢」(?)>に見られるようにRirikaさん自身がもうわかっているんだから、それをつついたってつまらない。◆僕はやっぱりコミュニケーションツールとしての「物語」の機能に目が言ってしまう。物語は強力な機能を持っていて、たぶん、読者に3つの決断をするように迫る。1.「この物語を信じるか? 信じないか?」 2.「この物語を語る俺を信じるか? 信じないか?」 3.「(物語を信じた人に向けて、物語を信じた結果として)希望を持つか? 怒りを覚えるか? 絶望するか?」 …みたいな。』
yuco 『>sivadさん 上のコメントは、sivadさんご自身の意見でしょうか。それともRirikaさんの立場を代弁されたものでしょうか。前者なら特に意見はないのですが、Ririkaさんは、上の日記で《あくまで、上山さんが引用された箇所についてのみ考えたことで》と書かれているので、宮台氏が「あえて論者」であることは考慮に入れていないと思います。▼>Bonvoyageさん 「機能」については、私はこれ以上説明できないので、私の書いた上のコメントを参照してください。▼《「自慢」という言葉をチョイスしたことのよしあしについては、昨日のコメント欄の<「自慢」(?)>に見られるようにRirikaさん自身がもうわかっているんだから》についてですが、もし「自慢」という言葉を選択したことが不適切だったと、Ririkaさん自身がすでに考えた上でこの日の日記を書かれたのなら、私の上のコメントは全部無意味です。ただ、日記にも「自慢」と書かれていることなどから、私にはそれは読み取れませんでした。▼Bonvoyageさんが「物語」に興味がおありなのは分かりました。それは私が上で書いている「ロマンチック・ラブ・イデオロギー」とたぶん同じものですね。』
Bonvoyage 『yucoさん>僕が興味を持っているのは、物語が人間を駆動するメカニズムそのもの。特定のイデオロギーではありません。このメカニズムを知っておくことで、「ロマンチック・ラブ・イデオロギー」みたいなものに引っかからずに済むし、自分や他人をうまくモチベートすることも可能なんじゃないかと思っています。◆これ、「ロマンチック・ラブ・イデオロギー」と同じものなのかなあ? もし僕が書いた文章がそのように見えるものならば、ぜひ説明してもらいたいんですけど(あらためて僕のところのコメント欄ででも)。』
TY 『こんにちは.横槍失礼.▼yuco さんの指摘は,「文章の機能」は読者に依存することを前提としていて,全体的にもっともだと思います.「文章の機能=彼の意図 (sivad さん)」は,機能が読者によって大きく異なるならば不可能ですよね.▼yuco さんと Ririka さんの間で,「自慢」という言葉の意味・イメージにずれがありそうです.Ririka さんの 「「自慢」以上の機能を果たしてないんじゃないの?」という言葉はぼくも最初読解できなかった.おそらく Ririka さんの用法では,「自慢 = 周囲・聞き手より優れた特別な自分を誇示 =聞き手はムカツク・傷つく・絶望する」 というふうに,自慢という言葉が 「機能」 と結びついているのでは?(違ったらごめん)そのような含意があると,「自慢の意図」 には悪意が含まれそうです.もう少しニュートラルな意味で 「自慢」という言葉を使うと,状況・聞き手によっては聞いてて心地よいという 「機能」 をもつ自慢もあり得る.▼Ririka さんの議論は,「「自慢」」の用法を除けばぼくにはとても明快に思われました.ポイントはたぶん,上の宮台氏の引用文の外の 「ありそうもない稀有なこと」という発言にあって,「『ありそうもない稀有なこと』 が自分には起こった,と言ってしまったら,それは起こらない人たちに対して差別化 --> 自慢している (--> ネガティヴ機能) ことになってしまうでしょ?」ということなんだと思う.たとえば,宮台氏は,「『稀有なこと』が起きなかったら自分もヒキのままだったのだから,紙一重なんだ」とヒキへの親近感をアピールしようとしたんだろうか?そうだとしたら,Ririka さんの言うとおりこれは失敗.▼ただ,短い引用文の印象だけから,わざわざ彼の自尊心理・自己アピール・承認要求を読み取って,「あ,自慢したいのね,はいはい.」 と反応するとしたら,読者の態度としては今一かも.宮台氏が,当然予期できる (はずの) 一部の読者の反感・コンプレックスを知りつつ「あえて」 過去の自分の経験をそのまま話したのは,なぜなんだろう?自分の性的救済の経験自体は稀有でも,救済の本質はより普遍的で,何らかの形で誰にでも起きるはず(起こらない=起こっていない=起きるかも=起きるはずの奇蹟),とか? 「この対談は、なにを目的としてるんだろう。誰に聞かせたいんだろう。」 と Ririka さんも書いてるけど,それは本全体を読んでみないとわからない.yuco さんの指摘の変奏かもしれないけれど,誰かが自分の経験について語るのを読むときは,論者が自分の経験を客観化していることくらいは最低限想定してその先を考える方が読者としては建設的だと思う.▼Ririka さんは 「「ひきこもり」的な男子」の読者の反応を想像して彼らに共感しているように見えるけれど,本当にそういう反応をして絶望するしかないのかなあ?(わからない) でもその「想像」 も,今度は救済を与える側の女性である Ririka さんの中の 「物語」 かもしれないよ? その 「想像」 に潜む 「物語」も,知らないうちに 「宮台物語」 を共有・強化してる可能性も(笑)…そんなことはとっくに考えていらっしゃいますね,きっと. ▼宮台氏のことは全然知らないのでぼくは個人的にはニュートラルです.いろいろ混ぜっ返したけど,Ririka さんの評価にはだいたい賛成.』
Ririka 『東京てこんなに蒸し暑かったかなぁ、連日の猛暑でおなかをくだし、ばてております。コメント遅れてすみません。/えっとまず、わたしは、宮台氏の発言の意図が「自慢」であるということを立証しようとかおもってなくて、発言者の意図は(その発言のみから)第三者が特定できない、という立場です。それに対して、yucoさんが、相手の「言い方」によって意図がわかる、と書かれたので、とても驚いているし、もうしわけないことに、いまだに理解できておりません。(yuco さんのご指摘を「もっともだ」と共感なさってる方も複数おられるようなので、ご自分の日記かどこかにきちんとまとめて公開なって世に問われるとよいのではないでしょうか。)わたしは「自慢」という言葉を、すでに引用したとおり、【自分のことや自分に関係のあることを他人に誇ること。】と、辞書に従って用いていて(これは「わたし定義」ではありません)、「他人に誇ること」自体を「悪意」と結びつけてとらえてはいないです。/この日の日記を書いたあと、『OK?ひきこもりOK!』の宮台対談部分はぜんぶ読みましたが、とくに訂正する必要を感じませんでした。』
Ririka 『そんなわけで、むしろこっちが主眼点だったのに中断してる「物語」のことについて、sujakuさんやBonvoyage さんがわたしと(たぶん)同じ問題意識から関心をもってくださってることがわかったので、元気が出たら続きを書いてみたいとおもいます。(背中を押してくれてありがとう)/TYさんもいま日本ですか〜? あちくて死にそう。』
TY 『n.あちくて死にそう.』
Bonvoyage 『TYさん> 「『文章の機能』は読者に依存することを前提としてい」るってのは、ここに書き込んでいる人みんなそう考えているんじゃないかと思うんですけど。何が違っているというのか、残念ながら僕にはわからないのです。この議論をつめて何かおもしろいことが見えてくるとも思えません。だからこの話はやめようよ、とか思っちゃうのです。◆「『文章の機能=彼の意図 (sivad さん)』は,機能が読者によって大きく異なるならば不可能」ってのは、違うんじゃないかと思います。1対多のコミュニケーションでの文章の機能は、統計的に考えるべき。例えば、「この物語によって読者の70%が絶望したとしても、残りの30%が希望を持ってくれるとしたら、発信者たる俺としてはOK。あえてやってみよう。」みたいな。』
TY 『>Bonvoyageさん レスありがとうです.▼ぼくも yuco さんの発言すべてに同意できるわけではないんですが,Ririka さんの日記の 「絶望させかねないものとして機能してる。」 と 「「自慢」以上の機能を果たしてないんじゃないの?」の間のギャップにひっかかったのは yuco さんと同じです(「自慢」 が本当に辞書的な意味だけに使われているなら,「絶望させかねない」 機能は「自慢」 機能とは独立な話で,前回の日記の補足説明ではないですよね >Ririkaさん).ぼくも Ririka さんの発言をつつくことには全く興味はないんですが,「自慢」 という言葉 (悪口?)の意味・使われ方には興味があって,それに関連してたのでちょっとこだわってみました.▼「この物語によって読者の70%が絶望したとしても、残りの 30%が希望を持ってくれるとしたら、発信者たる俺としてはOK。」 は賛成です.この場合でも,70%の読者に「ただ自慢したいだけなんじゃないの? ふざけるな 鬱」 と思わせてしまう 「機能」 は,「発信者たる俺」の意図と,イコールにはならないですよね,という意味で,「不可能」 と書きました. ▼ぼくも,「自慢」 云々よりは 「物語」の話のほうを期待してます.ただし,「自慢」 について感じた違和感が,「物語」 の話に忍び込む危険はあると思います.』
Bonvoyage 『TYさん>こちらこそありがとうございます。前半の話は納得。◆後半の話。そっかそっか、完全な予測は不可能、ってことですよね。この場合には、発言の意図は予測に裏づけされているわけですもんね。』
Ririka 『わたしのポイントは、「どうして、そういう「稀有」なことが、宮台氏には訪れたの?…」の段落にあります(全文を読んでもやはり書いてありませんでした)。「絶望させかねない」は、上山さんの感想から想像して、ぽろっと追加してしまったですが、おっしゃるように独立と見てください。ともあれ、わたしがどこまで、KYさんの違和感を理解できているかは心もとないので、「物語」の話に忍び込んだらあらためて指摘していただけるとありがたいです。/あと、「「自慢」という、書き手を主語にする言葉を使うのはおかしい」というご指摘ですが、わたしが(「宮台氏が自慢してる」と)読み取った、のであり、それ以外ではありえません。そっちは変で、「宮台氏は無神経である」なら可、というのはわたしの理解を超えています。両方の文章の構造の違いはないのでは。(この文章も、主語は、「違い」ではなく、「わたしは」そうおもえる、ということですのでねんのため)/ってあたりでご勘弁ください(←東・北田両ブログから唯一学んだ便利な表現)。』
TY 『>Ririkaさん こんなに長いコメントつづけてすみません.聞き流してください.あと,KY さんの名誉のために訂正しとくと,Tのほうです.▼ぼくには 「私は,彼が自慢してると思った」 と 「私は,彼が無神経だと思った」が違うという感じは分かるよ.yoco さんと Ririka さんのやりとりは,見た目ほど食い違ってないと思う.論理的には,yoco さんは ≪意図など存在しない,言い方 (発言) がすべて.「自慢」 はある種の言い方につけるラベル≫,Ririka さんは ≪意図は存在するが分からない.読み手に与える影響 (機能) がすべて.「自慢してると読めた」 はある種の機能につくラベル≫ ということですよね.「自慢」 機能を客観的に定義するのは難しいので,より特定の読者に密着した 「うらやましがらせた」 または 「意図」色の薄い 「無神経だ」 で置き換える方が自然だ,という点は,ぼくは yuco さんに同意できます.しかし,Ririka さんがあえて 「自慢」を使ったことから,もう少し何かが読み取れると思います.なるべく Ririka さんの立場に沿って話します.▼さて,「絶望させかねない」の段落を消しても,印象は同じなんです.「「稀有」なことが起きた理由を説明してない/処方箋として役に立たない」 --> 「「俺は特別」なのを自慢してる,としか読めない」 という議論ですよね.それはよく分かる.では,影絵として,自慢以上の機能が果たせるように「他人が参考になるようなことを語る」方法を考えてみる.1.他の人にも真似できるマニュアル的なものを追加する.例:『それでも,やっぱり親しい友達との関係を大事にしておいたのが良かったんだと思います.それで,少ないながら女の子と出会うチャンスもあった』2.言い訳を追加する.例:『ぼくが特別に魅力ある青年だったとは思いません.ただのオタクですよ.単にすごく幸運だったんですね.』なんか冴えない案でごめん.っていうか,どうやっても冴えない気がするんだよね.でも,彼にとってその体験が 「本当に決定的」だった事実は動かない.だから,まぁ 「自慢してるとしか読めない」形でしか語れないような事実だけを率直に提示するのは趣味が悪いし無神経,というのは分かる.(宮台氏は,彼の体験という事実を 「参考にする」方法を自前で考え出せる読者もいるかもしれない,という可能性にかけて,「発信者たる俺としてはOK。」 と思ったのかもね.) ▼まとめると,「まわりくどい自慢〜」は否定的評価ですよね(だってぼくならそう言われたくないもん).その評価にはおおむね賛成.ただし,「まわりくどい自慢〜」に込められた軽い反感は,客観的な「自慢してるとしか読みようがない」 から,より主観的な 「アンタ自慢したかっただけじゃないの」への方向性を持ってる.その方向性には,「他人が参考になるようなことを語ってくれ」 という,「宮台物語」 を裏側から補強する回路(今回の日記で補足説明された) を感じる.その回路は,「うらやましい・ムカツク」 という読者の反応を,書き手の 「自慢した」に繋げようとする回路と関連してる.主観的な反論は,もとの論の 「物語」にシンクロしてしまうのです.ぼくは,逆により客観的な方向に,ポジティヴに読みたい.「宮台氏にはこんなことが起きたそうだ.それを安易に一般化する以外に,その話から何か引き出せるかな?」▼そんなとこでしょうか.Ririkaさん,もちろん批判や非難ではないですよ.いろいろ考える材料をくれて感謝しています.』
Ririka 『TY さん、きゃ、HNまちがえてごめんなさい!(KYって誰だ??)/ TY さんの思考の流れに沿ってこちらも考えたことをさらっとふりかえってみます。/宮台氏にとっての「稀有」で「決定的」な体験は、「他人が参考になるような」説明が宮台氏自身からは語れないんじゃないか、とわたしはおもってる(とりあえずの仮説として)。(わたしの日記での主張が、「語ってくれ」という「宮台物語」の裏側からの補強回路になると読めたとしたら、それは逆説的な意味において、です。そのことを、続く「物語」の話で説明するつもりでした。)
もうすこし丁寧にいうと、宮台氏はすでに語った(本に掲載された)その語り方で読者にはじゅうぶん参考になるとおもっているのかもしれない(だから、というかなんというか、自慢(だけ)のつもりではなかったのだろう)。それともすでに宮台氏は、TYさんの影絵1.2.のような説明の仕方をシミュレーションしてみたことがあって、どうやっても「冴えないな」とさとった可能性もある。なにしろ、その体験は宮台氏にとって何度も何度もくりかえし追体験され補強され完璧な物語へと練り上げられてきたものにちがいないから。
なぜなら、彼はほんとうにその物語(の因果)が真実だと信じている/信じたい、から。「真実の物語」には、余分な説明・解釈などむしろ邪魔で、体験した自分自身がその「ありのまま」(というのがあって)だけを語ることが、もっとも力強い(効果のある)「啓蒙」(というかなんというか)なのだ。エトセトラ…
おしまい近く、「安易に一般化」がどういうことを指してるのかが読み取れなかったです。リリカはそうしようとしてるのでは、ってことですか?』
Bonvoyage 『話がずれるけれども、「どうして、そういう「稀有」なことが、宮台氏には訪れたの?」という言葉への僕なりの考え。◆宮台氏に稀有な体験が訪れた、というふうには僕は考えてない。むしろ、自分の日常から「稀有な救済の物語(のタネ)」を発見してきて、その物語にうまく乗っかって自分を駆動させて(または救済して)いくということだと思う。僕の物語も構造的には一緒で、「交通事故(年間100万件)→クリチバを知るきっかけ(稀有)」とか、「組織での人間関係のトラブル(数え切れない)、不登校・ひきこもり(珍しくはない)→システム論との出会い(稀有)」。ね。「稀有な体験」があるわけではなくて、「マイナスの体験」や「プラスの体験」があるわけでもなくて、「この体験は稀有なんじゃないか」「この体験をプラスの物語の序章としてとらえてみると、どういう意味合いになるんだろう」と気づき感じる知性・感性だけがそこにある。してみると、僕らは宮台氏の発言を、言葉や内容そのものを評価・批判するのではなく、彼の「物語を発見し、紡ぎ、乗っていく」という能力こそを見つめてみるべきではないか? ◆僕は、「物語」とは人間が生きていくための技術そのものなんではないか、という気さえしている。』
yuco 『こんにちは。話の流れを切ってすみませんが、私の言いたかったことはRirikaさんやBonvoyageさんにご理解いただけなかったようで残念です。私の説明能力もこの辺で限界なのと、数日ネットに触れられない環境が続くこと、TYさんには私の意見を汲んでいただいた形で話を展開されており、こちらはRirikaさんなども理解されているようなので(私も理解していただいたうえで、話を進めてみたかったのですが…)、この件については私はこれで撤退させていただきます。お騒がせしまた。』
sujaku 『あぁ、Bonvoyage さんの考え、<物語は人間が生きていくための技術>・・・考えさせられますね。きっとある種の精神科医も、同様に考えるのではないでしょうか? もっともぼく自身にはこれについて定見はなく、あまりになめらかな物語にはやや疑いながらも、好きな物語はそれはそれとして−物語として−愉しむ、という方ですが・・・。』
TY 『>Ririka さん 「安易に一般化」 は Ririka さんの 「一般論にしちゃってる」という宮台氏への指摘を参照したつもりでした.だから Ririka さんがそうしようとしているのではなく,その反対です.「補強回路」は逆説的な意味において提示されたということも,了解しています.長いコメント読んでくれてありがとう.▼>Bonvoyage さんぼくが感じた 「ポジティヴな読みは?」 という問いの一つの答えとして,かなり納得させられました.sujaku さんの 「愉しむ」と同じく,大人の余裕を感じる態度,と言ったら失礼でしょうか? <物語は人間が生きていくための技術>のぼくの中でのヴァージョンは,人間が文学・詩,さらには宗教を必要とする位相に繋がりそうです.「体験を物語の序章としてとらえる」 は 「希望」という語の定義とすら言えそうだから.それはそれとして,Ririka さんの,いったん真っ向から逆説=攻撃的に突っ込んだ反応から出てくるものにも注目していきたいです.▼>yuco さん興味深い議論を始めてくださってありがとうございました.おかげで,自分の中でずっともやもやしていた 「自慢−反感」問題を考える手がかりができました.』
naozane 『今まで正直宮台氏のプライベートな自分語りの部分は読み飛ばしていました。(そういう人は多いと思う)。が・・・yuco氏の発言から始まって、こんなに細かくつめていけるなんて・・・ん〜凄い・・・ここにいる人たちの根気は凄い・・・しかも最終的に『無神経さを多分に含む宮台氏のテクスト』を『逆により客観的な方向に,ポジティヴ』なものに変化させている・・・sujaku氏の創作『クレタ人の発言』なんかすごい。sujaku氏には宮台氏の本を全部翻訳してもらいたい・・・と強く希望してやまない。』
Ririka 『sujaku さんへのリクエスト来ましたよ〜!(「アニキ論」てのもあったな、そういえば…となにげに催促)』
Ririka 『夏バテから未だ復帰できません。つらいよ。/わたしも、いただいたコメントをできるだけ咀嚼して「ポジティブ」に考えてゆきたいとおもっております。ひとつ、どうしても最初からひっかかってて、自分がすっごくバカなせいかもしれないので恥ずかしい質問なのですが、yuco説の「自慢」は言い方でわかる(TYさんの翻訳によると≪「自慢」はある種の言い方につけるラベル≫)であるならば、どうしてわたしには、それが読み取れないのでしょう? yucoさんのおっしゃる「感じ方は人それぞれ」なら、どんな言い方からもそれを「自慢(うらやましい)」と読み取ってしまう人がいそうな気がするのですが、それはyuco説と矛盾しないのでしょうか?』
sujaku 『うぐぐ・・・naozaneさん、ぼくの発言への評価をありがとうございます。たしかに、そういえば、Ririka さんに「兄貴論」をリクエストしたこともあったっけなぁ。こんどは、おれがリクエストされちゃったわけ!?? ブーメラン現象ですねぇ、これって。いま、うちでやってる『学校給食を軸とした、ニッポン食文化変遷史』は、たぶんあと13回以内には終わるはずですので、それ以降でしたらば、ぼくも敬愛していないわけでもない宮台氏のテキストの意訳を、やってみたいような気もしないわけでもないんですが、ま、こんなスジャクで良かったら、としか言いようがありません。どうぞ、あまり期待なさらずに、おねがいします。学は、よほど宮台氏の方がある、と、正直おもっておりますので。とり急ぎ、レスを書きました。』
anita 『yucoさんが言いたいのは、「この文章って他人に取っては自慢にしか見えないのかも知れない(し、実際どうなのか分かんない)けど、本人は自慢のつもりで書いたかどうか定かではないよね」ってですよね、これが一つ目のお話。で、その後は一度話がブツっと途切れて、「もし実際自慢だったのかどうか気になるなら、そこらへんは書いた本人の空気読むしかないのかも」って言う二つ目のお話になります。 で、因みに彼女は「なんか極私的に空気を読んでみた限りでは、彼本人としては自慢話のつもりではなかったんじゃ。」と、結論を出してます。 そういう話ですよね。』
anita 『yucoさんが言いたいのは、「この文章って他人に取っては自慢にしか見えないのかも知れない(し、実際どうなのか分かんない)けど、本人は自慢のつもりで書いたかどうか定かではないよね」ってですよね、これが一つ目のお話。で、その後は一度話がブツっと途切れて、「もし実際自慢だったのかどうか気になるなら、そこらへんは書いた本人の空気読むしかないのかも」って言う二つ目のお話になります。 で、因みに彼女は「なんか極私的に空気を読んでみた限りでは、彼本人としては自慢話のつもりではなかったんじゃ。」と、結論を出してます。 そういう話ですよね。』
anita 『みす投稿・・・「その後は一度話がブツっと途切れて」って、途切れて無くってむしろ二つの話がくっついてるんですよね。 ごめんなさい、首吊ってきます。』
sujaku 『宮台真司は、なぜ、近代社会論のなかに、じぶんの物語を混ぜて、語るのだろう? おそらくそこには、近代の変遷を論じ、近代社会がその達成とともに、国家観をはじめさまざまな意味が変容した・・・と論じるだけでは、読者にはまったく届かない、という認識があるのでは。しかもその各論として、ブルセラ、援交、オウム、犯罪、学級崩壊、ひきこもり・・・を論じるにあたってはなおさら、俯瞰だけの論では届かない。●そこで、論者宮台は、(いわば望遠鏡を逆向きにするように)、こんどは、そこに近代論国家論に対応する<じぶんの物語>という視点を、導入してゆく。(そこに、挿入される<じぶんの物語>という意味においてのみ言うならば、やや暴論ながら、小林よしのりをいくらかおもわせなくもない。●いや、そのとき宮台真司は、丸山真男と小林よしのりを、ひとり二役やるような戦略に打ってでたのだ。だからこそ宮台がもちだすその物語はあまりにも、かれの近代観との整合性に満ちており、それゆえ、ときにその物語は、自説を補強するために捏造されたような印象を与えさえする・・・むろんほんとうのことである可能性をも残しつつも・・・)●しかし、むろん問題はそこにはない。たとえ宮台の語る物語が虚構であろうと構わない。むしろそれらのすべてを括弧にくくった上で、その立論に、どのような可能性があるのか、をこそ、検討されるべきではないでしょうか。』


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その当時いつも楽しく読んでいて、何かのきっかけ(モテ非モテだったかな(笑))を機に少し絡む事があって、私の日記にリリカさん本人からのコメントがあって、その時書き込みがあったIPから勝手にリリカさん=山形さんなんじゃないかなぁなんて思ってた事もありました。 <br> <br>その後2ちゃんねるで真偽がよくわからない暴露ネタ?みたいなのがあったりしてリリカさんの日記が閉鎖してガッカリしたのをよく覚えてます。 <br> <br>まぁ今考えるとIPから山形さんと思い込んだのは自分勝手な妄想でコメントがあって嬉しくてそう思い込みたかっただだけですね。冷静に考えると、そのIP関連の誰かであって、それがある程度限定可能な人達だったってだけなんですけど。 <br> <br>色々あったけど今またこういう話読むと懐かしいし楽しかったなぁなんて思って書いてみました。 <br> <br>もう記憶があやふやでログもないので信用度なんてまったくないんだけど確か〜隊長関連経由のホストからの書き込みだったような覚えが。 <br> <br>まぁ別にそれが実在するリリカさん誰だろうと別の誰だろうと今となっては懐かしく楽しかったってだけの話なんですけど。 <br> <br>yucoさんは一度一方的に面識があったのでなんとなく封印してた記憶を紐とく気になりました(笑) <br> <br> <br>
リリカさんからコメントあったのですかー。 <br>正体が話題になっている人からコメントがあったら、IPアドレスとか気になるでしょうね。本当にアメリカからのアクセスかどうかとか。 <br> <br>まあ今となっては正体は分かりませんが、リリカさんのような人が世界のどこかに生きている方が、そういう人がいない世界より楽しいような気がしますねー。
そうほんとにアメリカからのアクセスなのかどうかって点で気になって、んま、先にコメントした通りアメリカからでは無かったんで、と言ってもプロクシやゲートウェイとして使用してて、アメリカからだった可能性は無くはないんだけれど。現実的に考えると、んなことする必要性ないわし、介してるホストIPがあれだったし(笑) <br>んま、その当時はそんな事より、とりあえずコメントついた事が素直に嬉しかったような。 <br> <br>まぁそれはyucoさんと同じようにというか、私が熱狂的な取り巻きに執拗なまでに叩かれながらも粘着し粘着され、記憶ぶっ飛ぶくらいまでやり込められた結果、判明した一つの事実として嬉しかったんですが(笑) <br> <br>いやまぁリリカさんみたいな人がほんと実際に生きてたらいいっすね。 <br> <br>油まみれになった中年の顔近付けて、ほっぺにチュしたいです!。(笑) <br> <br>長文ツッコミ失礼しましたん。 <br>
yuco さんが書き込んでいたとき(宮台の自慢話うんぬん)で途中から yuco さんの意見を引き継いで議論してた TY です.たしかに 「取り巻き」 怖かったですねー.そのときのページ保存してあるので,興味あったらお送りしますよ.ぼくは他にはあまり絡んだことないんですが,リリカさんにいきなりウェブ日記を引用されたり(でその内容を山形氏にコケにされたり),ちょこっと直接メールのやりとりをしたことがありました.ぼくは当時からボストン在住なのですが,彼女がボストン在住かどうかは結局わからずじまいでしたね.ただ,ぼくもリリカさんは女性だと思います.いつか会えたらな,と今でも時々思い出します. <br> <br>もうあれから4年ですか.
ありがとうございます。実はfujisawamasashiさんが、このコメントのやりとりをすでにブログにアップしてくれているのです。 <br>http://d.hatena.ne.jp/fujisawamasashi/20080524#p1 <br>これを取り込んだ記述に書き換えなければと思いつつまだ出来ていないところでした。 <br>本当リリカさんって今どうしているんでしょうね。知りたいです。
そうでしたか.こちらもあのあと, <br>http://web.archive.org/web/*/d.hatena.ne.jp/Ririka/* <br>で月別のページを見て,アーカイブ日をうまく選べば, <br>コメントもかなり全部読めることがわかりました. <br>(ちなみに,ぼくのコメント中で何回か yoco さんって書いてますね.今更ですがすいません.) <br> <br>ぼくは1978年生まれですが <br>(fujisawamasashiさんという方も同年代ですね) <br>リリカさんには,なんとなく年齢的に近いものを感じていました. <br>でも,女性的なもの,「お嬢様」的な魔力みたいなものは, <br>yuco さんのまとめを読んではじめて輪郭がはっきりしたように思います.